「AIバブル崩壊」論の裏に潜む人類の集団的恐怖
2025年、AI業界を取り巻く言説に興味深い変化が起きています。「AIは壁にぶつかった」「生成AIはただのスロップ(駄作)だ」「AIバブルは崩壊する」といった否定的な声が急増しているのです。
しかし、AI研究の先駆者であるルイス・B・ローゼンバーグ氏は、この現象を全く異なる視点から分析しています。彼の主張は衝撃的です:「社会全体が悲嘆の第一段階である『否定』に集団的に入っている」というのです。
ローゼンバーグ氏はUnanimous AIのCEOであり、1989年からニューラルネットワークの研究に携わってきた第一人者です。拡張現実(AR)の先駆者でもある彼は、AIの冬と夏を何度も経験してきました。
彼のBig Thinkへの寄稿「The Rise of AI Denialism(AI否定主義の台頭)」は、現代社会がAIに対して示す否定的反応の心理的メカニズムを鮮明に描き出しています。
悲嘆の5段階とAI否定主義の関係
ローゼンバーグ氏の分析の核心は、エリザベス・キューブラー=ロスが提唱した「悲嘆の5段階」モデルにあります。このモデルは通常、死や喪失に対する人間の心理的反応を説明するために使われますが、彼はこれをAI時代の社会心理に適用しました。
| 段階 | 心理状態 | AIに対する反応 |
|---|---|---|
| 第1段階:否定 | 現実を受け入れられない | 「AIは壁にぶつかった」「ただのバブル」 |
| 第2段階:怒り | 感情的な反発 | AI企業への批判、規制要求 |
| 第3段階:取引 | 条件付きの受容を試みる | 「創造性だけは人間が上」と信じる |
| 第4段階:抑うつ | 現実の重さに圧倒される | 職業の将来への不安 |
| 第5段階:受容 | 新しい現実を受け入れる | AIとの共存戦略を模索 |
ローゼンバーグ氏は述べています:
「私は、社会全体が最初の段階である否定の段階に集団的に入っているからだと信じています。それは、人間である私たちがまもなく人工システムに認知的な優位性を失うという非常に恐ろしい可能性に対する否定です。」
– ルイス・B・ローゼンバーグ
「AIスロップ」論争の真実
2024年初頭から、「AI Slop(AIスロップ)」という言葉がインターネット上で急速に広まりました。これは生成AIが生み出す低品質なコンテンツを指す蔑称です。
この現象について、ローゼンバーグ氏は興味深い指摘をしています。GPT-5が2024年夏にリリースされた際、多くの一般ユーザーは表面的な欠点だけを見て判断しました。しかし、その根本的な能力は劇的に向上していたのです。
Deloitteの調査によると:
- 2025年に85%の組織がAI投資を増加
- 91%が2026年にさらに増加を計画
- 企業の実際の行動は「バブル崩壊」論と矛盾
つまり、SNSやメディアで「AIバブル崩壊」が叫ばれる一方で、企業は着実にAI投資を拡大しているのです。この乖離こそが、否定が感情的反応であることの証左だとローゼンバーグ氏は主張します。
ICPC 2025:AIが人類を超えた瞬間
AI否定論者への最も強力な反証となったのが、2025年のICPC(国際大学対抗プログラミングコンテスト)世界大会の結果です。
| 順位 | 参加者 | 解答数 | 特記事項 |
|---|---|---|---|
| 1位 | GPT-5(OpenAI) | 12/12問 | 完全スコア達成 |
| 2位 | Gemini 2.5 Deep Think | 10/12問 | 人間未解決問題を解決 |
| 3位 | サンクトペテルブルク国立大学 | 11/12問 | 人間チーム最高位 |
特筆すべきポイント:
- GPT-5は5時間の制限時間内に全12問を解答
- 11問は初回提出で正解
- 最難関の問題も9回目の提出で解決
- 人間チームが解けなかった「Problem C」をAIだけが解決
2020年の調査では、コンピュータ科学者たちは「AIが効率的なPythonコードを書けるようになるのは2033年」と予測していました。しかし現実は、予測を8年以上前倒しで達成したのです。
創造性と感情的知能:最後の砦は崩れるか
AI否定論者の間で最も頻繁に挙げられる主張があります。「創造性」と「感情的知能」は決して機械に匹敵されないという考えです。
しかし、ローゼンバーグ氏はこの「最後の砦」にも疑問を投げかけます:
「私は創造性を強調します。なぜなら、AI否定派の間で共通するテーマは、特定の人間の能力は決して機械に匹敵されないという主張だからです。不幸なことに、AIがこれらの分野で私たちを上回らないという証拠はありません。実際、逆が真実である可能性が高いという証拠が増えています。」
創造性に関する再考
ローゼンバーグ氏は、創造性には「内的動機」が必要だという主張に異議を唱えます。もしAIが「大多数の人間に匹敵するか、それを超えるオリジナル作品」を生み出すなら、哲学的な区別は実際の経済的影響の前に意味を失うと指摘します。
感情的知能の逆説
さらに衝撃的なのは、感情的知能に関する分析です。AIは人間よりも優れた能力で:
- マイクロエクスプレッション(微表情)を検出
- 行動パターンを分析
- 予測モデルを構築
これが「非対称的ダイナミクス」を生み出します。AIは人間を超人的な精度で読み取ることができる一方、私たちはAIの内部状態を読み取ることができないのです。
AI操作問題:新たな脅威
ローゼンバーグ氏は、この非対称性がもたらす危険性についても警告しています。
| リスク領域 | 具体的脅威 | 影響度 |
|---|---|---|
| 個人レベル | パーソナライズされた説得・操作 | 極めて高い |
| 社会レベル | 世論操作・偽情報拡散 | 高い |
| 経済レベル | 消費行動の誘導 | 中程度〜高い |
| 政治レベル | 選挙介入・政治的分断 | 極めて高い |
「感情的知能」が人間の強みではなく、むしろ最大の弱点になり得るという逆説。私たちの感情は、AIによる操作に対して脆弱なのです。
2026年への展望:避けられない変化
ローゼンバーグ氏の結論は明確です:
「AIは2026年までに大幅に進化し、私たちの生活のすべてに浸透するでしょう。それに疑いの余地はありません。」
彼自身も認めています。「私自身も私たちに向かって急接近する変化に圧倒されています。」しかし、その圧倒的な感覚を「否定」に変えるのではなく、現実として受け止め、準備することを推奨しています。
変化が加速する領域
- 仕事:知的労働の大部分がAIに代替・補完される
- 学習:教育システムの根本的再構築
- 社会化:AIとの新しい関係性の構築
- プライバシー:新たな脅威と保護の必要性
日本への示唆:否定から受容へ
日本においても、AI否定主義的な言説は少なくありません。「日本語は複雑だからAIには無理」「おもてなしの心はAIにはできない」といった主張です。
しかし、ローゼンバーグ氏の分析が正しければ、これらの主張もまた「悲嘆の第一段階」の表れかもしれません。
日本が取るべきアプローチ
| 段階 | 行動指針 |
|---|---|
| 認識 | AI否定が感情的反応であることを理解 |
| 評価 | AIの実際の能力を客観的に測定 |
| 準備 | 労働市場・教育システムの変革を開始 |
| 適応 | AIとの共存戦略を具体化 |
まとめ:否定は自然な反応、しかし前進が必要
ルイス・ローゼンバーグ氏の「AI否定主義」分析は、現代社会がAIに対して示す複雑な反応を心理学的に説明する優れたフレームワークを提供しています。
重要なポイント:
- AI否定は「悲嘆の第一段階」としての自然な心理反応
- 人類が認知的優位性を失う恐怖が根底にある
- ICPC 2025でGPT-5が完全スコアを達成した事実
- 創造性・感情的知能でもAIが人間を超える可能性
- 2026年にはAIが生活のあらゆる面に浸透
否定は自然な感情ですが、そこに留まることは危険です。現実を直視し、変化に備えることが、個人にとっても社会にとっても最善の選択肢となるでしょう。
ローゼンバーグ氏の言葉を借りれば、私たちは今、人類史上最も大きな転換点の一つに立っています。その事実から目を背けるのか、それとも正面から向き合うのか。選択は私たち一人ひとりに委ねられています。


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