ドイツAI専門家が警鐘:「EU・米・中の技術覇権戦争」の現実
2025年10月25日、X(旧Twitter)で21万人以上のフォロワーを持つドイツのAI専門家Chubby(@kimmonismus)が、「AIを使わずに60分で書いた」という地政学分析を投稿し、17,000回以上閲覧された。
Chubbyの冒頭宣言:
「この文章はAIを使わずに書きました。ノートパソコンの前に60分ほど座り、とにかく書きたい気持ちで書きました。結局、当初の予定よりも文章が長くなりました。」
この投稿は、EU・米国・中国の三極構造が、実質的に米中二極へと変化している現実を、エネルギー政策、半導体供給網、AI規制、レアアース支配という4つの視点から分析している。
本記事では、Chubbyの分析に加え、最新の経済データ(米国債利払い、中国GDP成長率、Huaweiチップ性能等)を統合し、2025年の技術覇権戦争の全体像を解明する。
EU(ドイツ)の自滅:エネルギー政策の3度の失敗
Chubbyは、ドイツ在住者として、EUの技術的凋落を最も痛感している。
失敗1:原子力段階的廃止(2000年代初頭)
ドイツは2000年代初頭、再生可能エネルギーの世界的リーダーになるため、原子力発電の段階的廃止を決定した。
当初の計画:
- 太陽光発電に強力なインセンティブ
- 世界最大の再生可能エネルギー生産国・輸出国を目指す
- しばらくは成功:2000年代初頭、ドイツは世界有数の太陽光発電国に
失敗2:化石燃料への回帰(2010年代)
問題発生:世界的需要が予想を大幅に下回る
ドイツの対応:石炭・ガスなどの化石燃料へ回帰
矛盾:原子力廃止は既に決定済み
失敗3:再生可能エネルギーへの再回帰(2010年代後半〜現在)
約10年前、再び再生可能エネルギーへと方針転換。
問題:
- 再生可能エネルギーは極めて不安定
- 大規模ストレージソリューションが存在しない
- 産業・データセンターには実質的に役立たない
現在の悲惨な結果
| 指標 | 現状 | 結果 |
|---|---|---|
| エネルギー調達 | フランスから高価な原子力電力を購入 米国から高価なLNGを購入 |
産業競争力の喪失 |
| 電力輸入(2024年) | 24.9 TWh | 2002年以来初の純輸入国転落 |
| フランス原子力依存 | 輸入電力の35% | エネルギー主権の喪失 |
| データセンター投資 | ほぼゼロ | 米国ハイパースケーラーと競争不可能 |
デジタルインフラの壊滅的遅れ
Chubbyは、ドイツのデジタルインフラ遅れを痛烈に批判している。
Chubbyの皮肉:
「メルケル首相が『インターネットは未知の領域』と述べた悲しげな言葉は、今日に至るまでドイツ人の間で語り草となっています。」
「ドイツ周辺のほぼすべての国、たとえ経済的にはるかに弱い国でさえ、安定したインターネットアクセスと遠隔地の村落にまで5Gのカバレッジを提供している一方で、ドイツは主力列車であるICEで、安定的かつ高速なインターネットをほとんど提供できていません。」
具体的問題:
- 1990年代後半、光ファイバー網拡張を意図的に阻止
- ビジネス旅行者が毎日利用するICE列車で安定したインターネットなし
- 周辺国(経済的に弱い国でも)は5G完全カバレッジ達成
過剰規制がAI企業を追放
EUは2024年、 世界初の包括的AI規制を制定し、自ら祝った。
現実の結果:
- Meta:欧州での最先端AIモデル提供停止を発表
- OpenAI:最新リリースが欧州では遅延、または未リリース
- Apple:AirPods 3翻訳機能が欧州で利用不可
Chubbyの皮肉: 「EU外では誰も祝っていなかった」
EUの唯一の希望:ASML・TSMC・NVIDIA三角形
それでも、EUには明るい兆しがある。
ASML(オランダ)の圧倒的地位:
- EUVリソグラフィーシステムで100%市場シェア
- DUVシステムでも90%シェア
- 全体の半導体製造装置市場で70%シェア
- 2024年Q1売上:52.9億ユーロ
- 時価総額:3,500億ドル
ASML→TSMC→NVIDIA の黄金三角形:
EU (ASML)
↓ EUV装置供給
台湾 (TSMC)
↓ チップ製造
米国 (NVIDIA, AMD, Apple)
この三角形が、 EUを技術競争から完全に脱落させない唯一の命綱である。
Mistral(フランス):欧州唯一の本格的AI企業
- まだ最先端ではない
- しかし、将来的に市民・産業が実用可能なモデルを開発する可能性
米国の圧倒的優位:エネルギー・軍事・資本の三位一体
Chubbyは、米国を「極めて有利な立場」と評価している。
インフレ抑制法(IRA)による産業回帰
バイデン政権下で施行されたインフレ抑制法は、 大規模補助金により工業生産を国内に呼び戻すことに成功した。
主な効果:
- 半導体製造工場の米国内建設ラッシュ
- クリーンエネルギー投資の急増
- データセンター拡張への巨額投資
エネルギー優位:化石燃料+原子力+核融合
現状の優位:
- 豊富なガス・石油資源
- サウジアラビアとの良好な関係(軍事保護と引き換えに安価な石油)
未来への投資:
- 原子力発電の大規模拡張(データセンター需要に対応)
- 核融合エネルギーR&Dに数十億ドル
Chubbyの評価: 「米国について何を批判するにせよ、その原因は推進力の欠如ではありません」
Project Stargate:数千億ドルのデータセンター投資
- ベンチャーキャピタルと企業が数千億ドルをデータセンター拡張に投入
- 世界は、米国が必要なインフラと比較的安価なエネルギーを提供すると信頼
台湾支配とTSMC依存
TSMCの圧倒的地位:
- 世界最重要の半導体メーカー
- 最大顧客はNVIDIA(史上初の10兆ドル企業へ)
- TSMC・Intel・SamsungでASMLの売上80%
- TSMC単独でEUV露光能力の56%を支配
米国の戦略:
- 台湾への軍事的保護(中国に対する抑止力)
- TSMCの最大顧客として経済的影響力維持
- 将来的には半導体生産の国内移転を目指す
最大のリスク:米国債の爆発的増加
しかし、Chubbyは米国の重大なリスクも指摘している。
2024年の衝撃的事実:
| 支出項目 | 金額(2024年度) | 備考 |
|---|---|---|
| 米国債利払い | 8,820億ドル | 史上初めて国防費を超える |
| 国防費 | 8,740億ドル | 利払いに逆転された |
| Medicare | 約8,000億ドル | 利払いが上回る |
2025年度(推計):
- 純利払い:9,700億ドル(国防費を570億ドル上回る)
- 総利払い:1.2兆ドル超(2024年より1,000億ドル増)
議会予算局(CBO)の予測:2050年までに利払いは国防費の2倍に達する
Chubbyの警告: 「いつ『もう十分』となるのか、返済への信頼が崩壊するのか、誰にも分からない」
米国の最強の武器:ルールを決定できる覇権国
それでも、米国は依然として世界の覇権国であり、 ルールを決定できる。
最も重大なルール:
中国を世界最先端のAIチップから締め出す
このルールが、中国の最大の障害となっている。
中国の逆襲:Huawei Ascend 910Cとレアアース支配
Chubbyは、中国の追い上げの速さに驚いている。
Huawei Ascend 910C:予想を超える進化速度
2023年の予測:Chris Millerは著書『チップ戦争』で、中国が独自の半導体工場を建設するには10年以上かかると予測
2025年の現実:はるかに早く実現
Ascend 910C vs NVIDIA H100 性能比較
| 項目 | NVIDIA H100 | Huawei Ascend 910C | 910Cの達成率 |
|---|---|---|---|
| 推論性能 | 100%(基準) | 60% | DeepSeek研究より |
| FP16演算性能 | 1,000 TFLOPS | 800 TFLOPS | 80% |
| メモリ帯域幅 | 3.0 TB/s | 3.2 TB/s | 107%(優位) |
| メモリ容量 | 80GB HBM3 | 128GB HBM3 | 160%(優位) |
| 消費電力 | 約700W | 約310W | 電力効率2.3倍 |
| 2025年出荷計画 | – | 100万チップ | 中国国内需要に対応 |
重要な発見:
- 推論性能でH100の60%に到達(DeepSeek研究)
- メモリ容量でH100を上回る(128GB vs 80GB)
- 電力効率が圧倒的に優位(データセンター運用コストで有利)
- ただし、AI訓練ではNVIDIAが依然として優位
システムレベルでの逆転:CloudMatrix 384
HuaweiのCloudMatrix 384システムは、数百の910Cチップを高速光ネットワークで接続し、 H100ベースシステムを上回る性能を実現:
- AI推論タスクで30倍高速
- エネルギー効率25倍向上
採用企業:Baidu、ByteDance、DeepSeek R1を支えている
レアアース支配:中国の究極の反撃
2025年10月、中国は 12種類のレアアース元素に輸出規制を発表した。
中国のレアアース支配の実態
| 指標 | 中国のシェア | 影響 |
|---|---|---|
| 採掘 | 約70% | ほぼ中国でのみ採掘 |
| 精製・加工 | 約90% | 世界の加工能力の圧倒的支配 |
| 輸出規制元素数 | 12種類 | 2025年12月1日発効 |
規制対象のレアアース元素(12種類)
- ホルミウム(Holmium)
- エルビウム(Erbium)
- ツリウム(Thulium)
- ユーロピウム(Europium)
- イッテルビウム(Ytterbium)
- その他7種類(2025年4月発表分)
外国直接製品ルール(FDPR)の適用
中国は、米国が長年使用してきた FDPR(Foreign Direct Product Rule)を初めて適用。
効果:
世界のどこの企業でも、中国産レアアースを含む、または中国技術で製造された半導体材料・永久磁石を輸出する場合、ライセンスが必要
影響を受ける産業:
- 半導体製造:レアアースなしでは新チップ生産不可能
- 自動車産業:特にドイツが深刻な打撃(EV用永久磁石に依存)
- 防衛産業:ミサイル・航空機等に不可欠
TSMCの警告:在庫は1〜2年分のみ
TSMCは、 中国以外のレアアース供給源への移行には時間がかかると警告。
専門家の予測: 中国のレアアース支配を打破するには最低10年
中国経済の堅調な成長とAI投資
2025年Q3 GDP成長率:4.8%(前年比)
貿易黒字:
- 2024年:約1兆ドル(過去最高)
- 2025年Q2:3,142億ドル(前年比21.5%増)
外貨準備の使い道:国内産業強化への再投資
AI研究での成果:
- DeepSeekの2025年初頭の成功:必要性が創造性を刺激
- ByteDance、Moonshot、Alibabaも相次いで成果発表
- 国内競争の激しさが技術進化を加速
ロボット工学の急成長
Unitreeの実績:高性能ロボットを安価に製造できることを実証
米国は依然として技術的にリードしているが、中国はコスト競争力で優位。
台湾支配者が世界を制する:TSMC依存の恐怖
Chubbyは、台湾の戦略的重要性を強調している。
「台湾を支配する者は、世界のチップ生産と流通を支配する」
– Chubby
台湾攻撃のシナリオと影響
DeepSeekの苦境:
- 2025年初頭以降、DeepSeekの消息がほとんど聞こえない
- 噂:NVIDIAチップをHuaweiチップに置き換えようとしたが、予想以上に困難
この背景での台湾への威嚇:解釈が容易になる
Ever Given事件との比較
数年前、コンテナ船Ever Givenがスエズ運河を封鎖した際:
- 世界のサプライチェーンが麻痺
- 自動車製造から工業生産まで影響
- 中国にも大きな打撃
台湾への攻撃の影響:Ever Givenの指数関数的に大きな影響
TSMCの顧客依存関係
- 米国企業がTSMCの最大顧客
- 資本は米国に集中し続けている
- データセンターへの投資が拡大中
現時点での結論:中国が台湾攻撃に踏み切る可能性は低い(経済的自殺行為)
EUの悲劇:米中に挟まれ、発言権喪失
Chubbyの厳しい評価:
「EUは米国と中国に挟まれている。技術優位をめぐる競争は、今や実質的に米国と中国の二者択一となっている。欧州は、この競争から完全に脱落しないように努めているだけだ。しかし、もはや欧州は、この競争のテーブルにおいて意味のある立場を保てなくなっている。」
EUへのダブルパンチ
パンチ1:中国のレアアース輸出規制
- ドイツ自動車産業が深刻な打撃
- 半導体製造にも影響
パンチ2:中国製EV車の攻勢
- より安価
- 多くの場合、性能も優れている
- EU自動車産業が圧力下に
現状の整理
- 米国:技術的最前線を維持するため、ほぼすべてを正しく行っている
- 中国:追い上げ中、予想以上の速さ
- 欧州:遅れをとり、発言権を喪失
日本への示唆:ASMLとの関係強化が生命線
日本は、EUと同様の脅威に直面している。
日本の弱点
- エネルギー自給率の低さ(LNG依存)
- レアアース依存(中国からの輸入比率高い)
- 半導体製造の台湾依存
日本の強み
- 半導体製造装置:Tokyo Electron、SCREENなど
- 半導体材料:信越化学、SUMCO(シリコンウエハ)
- TSMC熊本工場誘致成功
日本が取るべき戦略
短期(2025-2027):
- ASML・TSMCとの関係強化:欧州-台湾-日本トライアングル構築
- レアアース代替技術開発:中国依存度低減
- 次世代原子力発電への投資:小型モジュール炉(SMR)、核融合
中期(2027-2030):
- 国産AI半導体の開発:Rapidus等への支援強化
- データセンター誘致:電力安定供給と税制優遇
- 台湾防衛への間接的貢献:米国との安全保障協力
長期(2030-2035):
- 半導体製造の部分的国内回帰:TSMCとの合弁事業拡大
- AI覇権戦争での中立的立場確保:米中両方との経済関係維持
未来への問い:Chubbyが投げかける3つの質問
Chubbyは、記事の最後に3つの問いを投げかけている。
📊 未来を決定する3つの質問:
- 中国のレアアース輸出制限は、新たな関税や軍事衝突を引き起こすのか?
- 米中間の技術格差は指数関数的に拡大するのか?
- 米国は最終的に半導体生産を台湾から国内に移転できるのか?
質問1への考察:レアアース制裁の帰結
シナリオA(楽観):
- 中国が譲歩し、輸出規制を緩和
- WTO提訴で国際的圧力
- 米欧が10年かけて代替供給網構築
シナリオB(悲観):
- 米国が報復関税を大幅強化
- 中国が全面的な技術デカップリング加速
- 台湾海峡の軍事的緊張が臨界点へ
現実的シナリオ(中間):
- 段階的なデカップリング継続
- 限定的な軍事衝突リスクは残る
- 日欧が米中の間で板挟み
質問2への考察:技術格差の拡大
米国優位が拡大する要因:
- 台湾TSMCへのアクセス維持
- Project Stargateなど巨額投資継続
- 優秀な人材の米国集中(中国からの頭脳流出)
中国が追いつく要因:
- Ascend 910Cの性能向上継続(年率20%改善)
- 国家主導の巨額R&D投資
- 「必要性が創造性を刺激」(DeepSeekの成功事例)
予測:
- AI訓練では米国優位継続
- AI推論では中国が2027年頃に同等水準到達可能
- ロボット工学ではコスト競争力で中国優位
質問3への考察:半導体生産の米国回帰
米国の努力:
- CHIPS法による520億ドル補助金
- TSMC Arizona工場(2024年稼働開始)
- Intel、Samsungの米国工場拡張
現実的な障害:
- TSMCの56%のEUV露光能力は台湾に集中
- 移転には最低10年、1兆ドル規模の投資必要
- 熟練労働者不足(台湾からの派遣に依存)
結論:2035年までに部分的回帰は可能だが、完全独立は困難
まとめ:技術覇権戦争の現実と日本の選択
Chubbyの60分間の分析は、AI時代の地政学的現実を鮮明に描き出している。
確実に言えること
- EUは技術競争のテーブルから事実上脱落:ASML依存が唯一の命綱
- 米国は債務リスクを抱えながらも覇権維持:エネルギー・軍事・資本の三位一体
- 中国は予想を超える速さで追い上げ:Ascend 910CとレアアースWカード
- 台湾支配者が世界を制する:TSMC依存が全ての鍵
不確実なこと
- レアアース制裁の帰結:新たな冷戦か、妥協か
- 技術格差の行方:拡大か、収束か
- 半導体生産の地理的分散:実現可能性
日本の選択肢
選択肢A:米国一辺倒
- 利点:安全保障の確保、最先端技術へのアクセス
- 欠点:中国市場喪失、レアアース供給途絶リスク
選択肢B:中立的バランス
- 利点:米中両方との経済関係維持
- 欠点:米国からの圧力、技術移転制限
現実的戦略:
- 安全保障は米国と同盟強化(台湾防衛に間接的貢献)
- 経済関係は中国とも一定程度維持(レアアース代替開発まで)
- 技術自立を加速(Rapidus、次世代原子力、レアアース代替)
- ASML・TSMCとの関係深化(欧州・台湾・日本トライアングル)
最終結論:「米国は正しく行っている、中国は追い上げている、欧州は遅れている」
Chubbyの最後の言葉:
「現時点では、米国は技術の最前線を維持するためにほぼすべてを正しく行っています。中国は追い上げており、欧州は遅れをとっています。」
「将来、この紛争がどのように発展していくのか、唯一の疑問が明らかになる。引き続き報告します。」
– Chubby (@kimmonismus)
技術覇権戦争は、もはや単なる経済競争ではない。 エネルギー、軍事、資本、レアアース、半導体生産が複雑に絡み合った、21世紀の新たな冷戦である。
日本は、この戦争の傍観者ではいられない。 選択を誤れば、EUと同じ運命──技術的植民地化──が待っている。


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