「エンジニアはもうコードを書かない」Every.toの衝撃
「コンパウンド・エンジニアリングとは、エージェントがコードの100%を記述する際に起こることです」
この宣言を行ったのは、AIメディア企業Every.toのCEO Dan Shipper氏とエンジニア Kieran Klaassen氏です。彼らは従来のソフトウェア開発の常識を完全に覆す新しいアプローチを実践し、その成果を公開しました。
Every.toでは、エンジニアがキーボードでコードをタイプすることはもうありません。彼らの仕事は「AIエージェントを調整(オーケストレート)すること」に変わったのです。
この変化がもたらすインパクトは計り知れません。1人の開発者が約5人分の仕事をこなし、単一のエンジニアが運営するプロダクトが数千人のユーザーにサービスを提供する。これが「コンパウンド・エンジニアリング」の力です。
従来の開発との決定的な違い
コンパウンド・エンジニアリングがもたらす変化は、単なる効率化ではありません。開発プロセスの根本的なパラダイムシフトです。
| 観点 | 従来の開発 | コンパウンド・エンジニアリング |
|---|---|---|
| ボトルネック | コーディング作業 | 計画とレビュー |
| 重視するスキル | 構文・言語知識 | 設計・判断力 |
| 学習の蓄積 | 個人の頭の中 | システムに保存 |
| 新機能開発 | 毎回ゼロから | 前回の学習が次に活きる |
Dan Shipper氏らが指摘する3つの根本的な変化は以下の通りです。
- コーディングはもはやボトルネックではない:AIが高速にコードを生成するため、人間の「書く速度」は問題にならない
- 計画・レビュー・学習ループが構文より重要になる:何を作るか、どう評価するかの判断力が価値を持つ
- 各機能が次の機能を構築しやすくする:学習が蓄積され、開発は加速し続ける
4ステップのコンパウンド・エンジニアリング・ループ
Every.toが実践するコンパウンド・エンジニアリングは、4つのステップで構成される循環プロセスです。このループを回すことで、開発の質とスピードが複利的に向上していきます。
Step 1: Plan(計画)
AIエージェントがコードベース全体を調査し、ベストプラクティスを参照して詳細な計画を生成します。
従来の開発では、エンジニアが手動でコードを読み、設計を考えていました。コンパウンド・エンジニアリングでは、エージェントが数秒で何万行ものコードを分析し、最適なアプローチを提案します。
- 既存コードのパターン分析
- 依存関係の把握
- ベストプラクティスとの照合
- 実装計画の自動生成
Step 2: Work(実行)
エージェントがコード、テストを記述し、実際のアプリケーションシミュレーションを使って反復します。
重要なのは「シミュレーション」の部分です。エージェントは単にコードを生成するだけでなく、それが実際に動作するかを検証しながら改善を繰り返します。
- コードの自動生成
- ユニットテストの作成
- 実行環境でのシミュレーション
- エラー検出と自動修正
Step 3: Assess(評価)
人間とAIが協力して、複数の角度からレビューを行います。
評価の観点は多岐にわたります。
| 評価観点 | チェック内容 |
|---|---|
| セキュリティ | 脆弱性、認証・認可の適切性 |
| パフォーマンス | 実行速度、メモリ使用量 |
| 過剰構築(Overbuild) | 不要な複雑さ、YAGNI違反 |
| 保守性 | 可読性、テストカバレッジ |
人間の役割は「最終判断」と「品質基準の設定」です。AIは膨大なチェック項目を高速に処理し、人間は重要な意思決定に集中できます。
Step 4: Compound(複利化)
学んだ教訓がシステムに保存され、将来のエージェントが同じミスを繰り返さない仕組みを構築します。
これがコンパウンド・エンジニアリングの核心です。従来の開発では、学習は個人の頭の中に留まり、退職や異動で失われることがありました。しかしこのアプローチでは、すべての学習が組織の資産として蓄積されます。
- 成功パターンのドキュメント化
- 失敗事例と対策の記録
- コーディング規約の自動更新
- 新しいエージェントへの知識継承
驚異的な成果:1人で5人分の生産性
Every.toがコンパウンド・エンジニアリングを実践した結果、以下の成果が報告されています。
| 指標 | 成果 |
|---|---|
| 開発者の生産性 | 約5倍(1人が5人分の仕事) |
| プロダクト運営 | 単一エンジニアで数千ユーザー対応 |
| 知識継承 | 新入社員が即座に組織知識を継承 |
特に注目すべきは「新入社員の即戦力化」です。従来、新しいエンジニアがプロジェクトに習熟するには数ヶ月から数年かかることがありました。しかしコンパウンド・エンジニアリングでは、蓄積された組織知識をエージェント経由で即座に活用できるため、オンボーディング期間が劇的に短縮されます。
「複雑さは増大するが、理解も増大する」
ソフトウェア開発における永遠の課題は「複雑さの増大」です。機能が増えるほどコードは複雑になり、保守が困難になります。
しかしコンパウンド・エンジニアリングでは、興味深いことが起きます。
「複雑さは依然として増大しますが、AIのシステム理解も増大します」
人間の認知能力には限界がありますが、AIは巨大なコードベース全体を把握できます。そして学習が蓄積されるにつれて、AIの理解力は複雑さの増大に追いつき、追い越していくのです。
エンジニアリングの再定義
Dan Shipper氏は、エンジニアリングの本質が変わったと主張します。
「エンジニアリングはもはやコードを書くことについてではありません。それは、複合的に成長する学習システムを設計することです。」
この視点の転換は、エンジニアに求められるスキルセットを根本から変えます。
| 従来重視されたスキル | これから重視されるスキル |
|---|---|
| プログラミング言語の習熟 | システム設計能力 |
| 高速なコーディング | 適切な指示(プロンプト)作成 |
| デバッグ能力 | 品質基準の設定 |
| 特定フレームワークの知識 | 学習システムの構築力 |
実践するための第一歩
コンパウンド・エンジニアリングを自社に導入するには、どこから始めればよいでしょうか。Kieran Klaassen氏の提唱する8つの戦略から、実践可能な第一歩を紹介します。
1. AIにコードベースを教える
まず、AIエージェントがプロジェクトの全体像を理解できるようにします。
- プロジェクト構造のドキュメント化
- コーディング規約の明文化
- 設計パターンの説明
2. 小さなタスクから始める
いきなり大規模な機能開発をAIに任せるのではなく、小さなバグ修正やリファクタリングから始めます。
3. レビュープロセスを確立する
AIが生成したコードをどう評価するか、チェックリストと基準を整備します。
4. 学習を記録する仕組みを作る
成功・失敗の事例を蓄積し、次のサイクルに活かせる形で保存します。
日本企業への示唆
コンパウンド・エンジニアリングは、日本企業にとって特に重要な示唆を含んでいます。
人材不足への解決策
日本ではIT人材不足が深刻化しています。1人で5人分の生産性を実現できるこのアプローチは、人材確保に苦しむ企業にとって救いの手となる可能性があります。
暗黙知の形式化
日本企業は「暗黙知」に依存する傾向があります。ベテランの退職で貴重なノウハウが失われることも珍しくありません。コンパウンド・エンジニアリングの「Compound」ステップは、まさにこの課題を解決するものです。
DX推進の加速
開発速度の向上は、DX(デジタルトランスフォーメーション)の加速に直結します。限られたリソースで最大の成果を出すために、このアプローチの検討価値は高いでしょう。
まとめ:学習システムを設計する時代へ
Every.toのDan Shipper氏とKieran Klaassen氏が実践する「コンパウンド・エンジニアリング」は、ソフトウェア開発の未来を示しています。
- エンジニアの役割:コードを書く→AIエージェントを調整する
- ボトルネック:コーディング→計画・レビュー・学習
- 知識管理:個人の頭の中→システムに蓄積
- 生産性:1人で約5人分の仕事が可能に
「エンジニアリングはもはやコードを書くことではない。複合的に成長する学習システムを設計することだ」
この言葉が示すように、これからのエンジニアには「学習するシステム」を設計・運用する能力が求められます。AIエージェントをツールとして使いこなし、組織の知識を複利的に成長させる。それが次世代のソフトウェアエンジニアリングの姿なのです。
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