「AIは間違ったものをより速く作ることを容易にする」─2万行を全削除した開発者
2026年2月14日、開発者のJoe Masilotti氏(@joemasilotti)がX上で公開した体験談が、開発者コミュニティで大きな反響を呼んでいる。
タイトルは「AI makes it easier to build the wrong thing faster」(AIは間違ったものをより速く作ることを容易にする)。Masilotti氏はClaude AIを使って2週間で2万行以上のコードを書き上げ、完全に動作するニュースレタープラットフォームを構築した。そして、それを全て削除した。
なぜ動作するシステムを捨てたのか。その理由は、AI時代のソフトウェア開発における最も重要な教訓を私たちに教えてくれる。
問題の始まり:「コンテンツが2箇所に分散している」
Masilotti氏は6ヶ月間、ある問題を抱えていた。自身のコンテンツがSubstack(ニュースレター)とJekyll製ウェブサイトの2箇所に分散していたのだ。
記事を書くたびに両方にコピーし、片方を更新してもう片方の更新を忘れる。SEOやAI検索のジュースも2つのドメインに分散してしまう。「これは修正すべきだ」と感じていた。
そこで彼は決断した。「全てを一つのシステムに統合しよう。ウェブサイト自体をニュースレタープラットフォームにする」と。新しいRailsアプリを立ち上げ、Claude AIと共に開発に着手した。
2週間で構築した驚異的なシステム
Masilotti氏がClaude AIと2週間で構築したシステムの機能は以下の通りだ。
| 機能 | 詳細 |
|---|---|
| ユーザー認証 | 無料・有料ティアの認証システム |
| Stripe決済 | サブスクリプション課金フロー |
| 管理画面 | 記事管理用のAdminインターフェース |
| アナリティクス | 複数のダッシュボード |
| メール配信 | Postmarkによるメール送信 |
| ドリップキャンペーン | Bentoによる自動配信 |
| 動的CTA | ログイン状態・プランに応じた表示切替 |
| Markdownレンダラー | カスタムMarkdown変換エンジン |
2万行以上のコード。全て動作した。Renderにデプロイし、稼働も確認できた。
しかし、その瞬間から「もし〜が起きたら?」という疑問が頭をもたげ始めた。
「もし〜が起きたら?」の連鎖─本当の問題に気づいた瞬間
デプロイ後、Masilotti氏の頭に次々と不安が浮かんだ。
- バックグラウンドジョブが失敗して気づかなかったら?
- ジョブがループに入って1人に500通のメールを送ったら?
- メールヘッダーの設定ミスでドメインがスパム判定されたら?
- 認証情報が漏洩したら?
- Cloudflareのキャッシュ設定ミスで他人のセッションが見えたら?
どれも解決不可能ではない。もっとコードを書き、監視を追加し、セーフガードを構築すればいい。
しかし、そこで彼は気づいた。
「私が抱えていたのはコードの問題ではなかった。
意思決定の問題だった。」
─ Joe Masilotti
「本当の答え」は午後の数時間で出た
本当の問いは「統合プラットフォームをどう作るか?」ではなかった。「コンテンツはどこに置くべきか?」だった。
実際に座って考えてみると、答えは明白だった。
| プラットフォーム | 役割 | 理由 |
|---|---|---|
| Substack | コンテンツ配信 | メール送信、購読者管理、スパム対応、配信到達性─全てSubstackが得意とする分野 |
| ウェブサイト | 名刺代わり | サービス一覧、自己紹介、各種リンク。シンプルで静的、メンテナンスほぼゼロ |
コード不要。必要だったのは「何をどこに置くか」という意思決定だけだった。
この決断は午後の数時間でできたはずだった。しかし実際には、2週間の開発作業を経てようやく辿り着いた。
AI開発の罠:「摩擦の消失」が判断力を奪う
ここからがMasilotti氏の洞察の核心だ。
Masilotti氏の洞察:
「もしAIなしで自力で作ろうとしていたら、おそらく20%の段階で諦めていただろう。動く部品が多すぎて、労力に見合わない。」
「しかしClaude AIが90%まで連れて行ってくれた。次々と機能を実装し、TODOを消化し、大量のコードを出荷していた。生産的だと感じていた。」
「私は行き先も分からないまま全速力で航海する船に乗っていた。」
これがAI開発の罠だ。AIは、以前なら「これ、そもそも作る価値があるのか?」と立ち止まらせていた摩擦を取り除いてしまう。間違った道をあまりに遠くまで進んでしまい、正しい道かどうかを確認することすら忘れてしまう。
「作ること」は簡単になった。「正しいものを作ること」は依然として難しい
Masilotti氏は以前、「コードはもはやボトルネックではない」と書いた。しかし今回の経験で、その裏側に気づいた。
構築が簡単なら、間違ったものを構築するのも同じくらい簡単だ。週末でプロトタイプを作れる。必要かどうかを判断するより速く機能を追加できる。
制約はもはや「これを作れるか?」ではない。「これを作るべきか?」だ。
そしてそれは「コード」の問題ではなく「戦略」の問題なのだ。
「Strategy before Code」─AI時代の開発原則
Masilotti氏の教訓を実践的なフレームワークにまとめると、以下のようになる。
| やりがちなこと | やるべきこと |
|---|---|
| 「何がクールか?」と考える | 「何が本当に必要か?」と問う |
| 「何が作れるか?」で判断する | 「作るべきか?」で判断する |
| すぐにClaude/AIでプロンプト開始 | まず解決すべき問題を明確にする |
| 2週間かけてコードを書く | 午後の数時間で意思決定する |
| 機能を追加し続ける | 既存サービスで十分か検討する |
Masilotti氏はこう締めくくっている。
「Claudeにプロンプトを打ち始める前に、自分に問いかけてほしい。あなたが本当に解決しようとしている問題は何か?」
「答えは機能ではなく、意思決定かもしれない。コードベースではなく、会話かもしれない。私のように、2週間の”出荷”ではなく、午後の思考かもしれない。」
「構築の容易さに騙されて、戦略を飛ばしてはいけない。見た目以上に高くつく。」
まとめ:AI時代に最も価値があるのは「何を作らないか」の判断力
Masilotti氏の体験は、2026年のAI開発において見過ごされがちな真実を浮き彫りにしている。
3つの重要な教訓
- AIは「作れるか?」の壁を消した:Claude AIのようなツールにより、個人開発者でも2週間で2万行の本格的なシステムを構築できる時代になった。しかしそれは「作るべきか?」の判断を代替しない
- 摩擦は「安全装置」でもあった:従来の開発における高いコストと時間は、間違った方向に進みすぎることを防ぐブレーキの役割を果たしていた。AIがその摩擦を取り除いた今、自分自身でブレーキを踏む力が必要
- 「Strategy before Code」が新しい鉄則:プロンプトを打つ前に「本当に解決すべき問題は何か」「既存のサービスで十分ではないか」「必要なのはコードか、それとも意思決定か」を問うべきだ
AI開発ツールがますます強力になる今、最も価値があるスキルは「何を作るか」ではなく「何を作らないか」を判断する力だ。Masilotti氏の2万行の教訓を、私たちは無料で学ぶことができる。


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